理事長挨拶

「こころに灯を点す」

吉野 要

yoshino_kaicho

私たちは、生徒さんたちを心の奥底まで理解しなければ真の教育は出来ないと考えたところからカウンセリング (カウンセリング・マインド) を学ぶ必要性を感じて、仲間と共に愛知カウンセリング協会を立ち上げて活動を続けてきました。生徒さんたちの一層の理解と、より豊かな生活を支援出来たか定かではありませんが、そう願ってひたすらカウンセリングを学び続け、活動してきました。

現在は生徒さんたちだけでなく、より多くの方々を支援できることを願って、”NPO法人愛知カウンセリング協会” として活動の範囲を拡大しています。

自らのこころが感じたままに、”こころ” を ”聴き” ”理解し” ”語る” ことを通して、自らを高め、深めることに努めています。

様々な在り方、生き方をしておられる多くの方々と出会い、その方々の一人一人異なっている<育ち>の傍らに居させていただいてきた私たちは、”なんと幸せな境遇を生きて来られたのだろう” と思わずにはおられません。

ふと、なんとなく、芭蕉の句が浮びました。

「山路来て何やらゆかしすみれ草」

細くくねくねと続いた山あいの道端には、名も知らない雑草が生い茂っており、大輪の花をつけているものも、小さな花をつけているものも、一所懸命様々な色を陽射しのなかにはなっている。競うことなどなく、「在るがまま」に咲いている野の花たちはせいいっぱい自らを示している。

芭蕉は、紫色に咲く道端のすみれの ”こころ” になにを感じ、なにを思ったのでしょう。それは、芭蕉にしかない ”こころのうごき” であったのでしょう。

私たちは、カウンセリングという奥深く果てのない道を、人の「こころ」と「こころ」との絆を大切にしながら歩んできて、多くの人々との出会いによって育てられてきた「サラッ」と咲いている名もない花かもしれない。いわば、すみれ草が「在るがまま」に、サワサワと吹き抜ける野の風にゆらいでいる姿に重なっているのを感じています。

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